web版アニメ批評ドゥルガ

web版アニメ批評ドゥルガ

アニメに纏わる記事を書いています。定期更新は毎週水曜日。毎週担当者が異なります。

平面をめくる、めく―石浜真史のOP映像

すこしまえ、『かみちゅ!』を見ていてOP映像の手法になんだか見覚えがあるなと思ったら、コンテ・演出が石浜真史さんでした。

 

かみちゅ! Blu-ray BOX

かみちゅ! Blu-ray BOX

 

 

アニメのOPの役割はなんでしょうか。作品本編とタイアップした楽曲を産みだすこと、本編の印象を要約すること、その他さまざまあると思いますが、事務的な意味で重要なのは「制作スタッフのクレジットを表示する」ということに尽きるはずです。石浜真史さんは、よくブルーレイ版の特典として同梱されるような「ノンクレジットOP・ED」というのが意味をなさないような、クレジットが画面の構成要素として見事に機能しているOP・ED映像を多く演出しています。

たとえば 『かみちゅ!』のOPでは、主人公の日常風景(朝起きて、登校し、弁当を食べ、夕方になれば下校する)の描写のなかに、たとえば新聞の紙面やノートの落書き、テレビの画面といった形でスタッフクレジットを織り込んでいます。

 

f:id:durga1907:20170927231122p:plain

f:id:durga1907:20170927231206p:plain

(『かみちゅ!』DVDから)

 

こういうわけです。

Aチャンネル』や『ヤマノススメ セカンドシーズン』のOPでは、より大胆にクレジットの文字がデザインとして取り込まれています。背景画がなく平面的で、遠近法的な消失点はありません。キャラクターの影もなくベタ塗りになっています。しかしその平面が重なり、回転し、あるいは画面の平面とずれることで、文字通り「めくるめく」疾走感――「目眩く」のはもちろん、層になった平面を高速で「めくる」ような、ある意味もっともプリミティヴなパラパラ漫画的・アニメ的爽快感――のある立体的な映像になっています。参考として『Aチャンネル』のOPのカットをご紹介します(どうしても映像でなければ伝わらない部分が大きいですし、神前暁さんプロデュースのOP楽曲もすばらしいのでよろしければ本編をご覧ください)

 

f:id:durga1907:20170927231427p:plain

 

f:id:durga1907:20170927231455p:plain

f:id:durga1907:20170927231538p:plain

f:id:durga1907:20170927231601p:plain

(『Aチャンネル』DVDから)

 

全体に、この作品にとってもっとも大事な文字、すなわち「A」の横線や斜線が基調として活かされているように思います。三枚目・四枚目はサビのカットですが、画面に映るケータイを見るトオル(三枚目、黒髪セミロング)がすぐ引きになってゆん(四枚目、金髪セミロング)のケータイの画面に収まり、画面が回転してゆんを正面から映すとふたたび引きになって別のキャラクター(ユー子)のケータイに収まり、再び同じ要領で四人目のキャラクター(ナギ)が映る、という画面の流れになっています。短時間のうちに平面がすばやく層化し回転するため、本当に「めくるめく」映像になります。

上記の三作だけだと日常系チックないわゆる「ゆるい」雰囲気のアニメに携わっている印象を受けるかもしれませんが、『BLEACH』『進撃の巨人』『PSYCHO-PASS サイコパス 2』などの作品では、動きや色使いが作品に合わせて洗練されたスタイリッシュなOP映像をみることができます。

 

www18.atwiki.jp

 

f:id:durga1907:20170927233056p:plain

(『N・H・Kにようこそ!』dアニメストアから。ただ文字が黄色い背景の上に配されているかと思いきや、人物や文字の影によって文字の手前と奥もあわせて三層の奥行きがあることがわかります)

f:id:durga1907:20170927233329p:plain

(『東京レイヴンズ』dアニメストアから。キャラクターの素早い動きがぴたりと止まり、前の絵の部分と奥のベタ塗りの影の部分が分かれてずれていきます。上下・左右の運動と停止のメリハリが映像に疾走感をもたらしています)

一貫しているのは、上述したとおりクレジットをほかの絵と同じように導入すること(デザインとしてとりこんだり、ただ画一的に見せるのでなく文字のフォントや角度を調和させたり)のほかに、四角・丸といった平面的な図形、上下左右といった平面的な移動(『ヤマノススメ セカンドシーズン』のOPでキャラクターが左へずっと歩くように)と、斜めの線や平面による奥行きが的確に混在していることでしょう。文字を事務的な夾雑物として仕方なく埋め込んでただ作品の要約を提示するというようなOP・EDでは決してありえず、時間性・立体性をもった排除する要素がどこにもないひとつの完成された映像になっているわけです。

「OP・ED職人」と呼ばれるような方は多くいらっしゃるので(個人的には梅津泰臣さんや長井龍雪さんがすぐに思い浮かびます)、他の方についても機会があれば取り上げてみたいですし、他の担当者が折に触れて取り上げることもあるかもしれません。

 

(奈)